Column

ぶんぴつ部
[結婚したくなかったけど、結婚してみた話]
2021.10.12

ぶんぴつ部
[結婚したくなかったけど、結婚してみた話]

バックオフィスでひっそりと始まったぶんぴつ部による“結婚観”リレーエッセイ。結婚したくなかったのに、結婚の決断に至ったところを聞きたい、とご指名いただき、あやさんのエッセイを読みながら薄れる記憶を思い起こしてみる。

今回は、38歳 結婚8年目 息子4歳、趣味は仕事な私。
結婚したくなかったけど、結婚してみた話。
ちなみに長野は移住して3年目。

 

あやさんのコラムを読んで

若いころの葛藤、“美術系の仕事をしたいけどどうしたらいいかわからない” 自分の基盤を作りたいという気持ちでワーカホリックまっしぐら”
にめちゃくちゃ共感。若いうちに死ぬほど働いて成長して、自分じゃないとできない仕事というものを作らねばと生き急いでいたころを思い出す。

家庭内の様々なことを一手に引き受ける母を尊敬と、家庭内での母の忙しさに疑問を感じる”
という母への想いが興味深い。同じように自分の原体験をさかのぼってみると、なぜ自分がそれほど仕事に固執するのか、母に影響されている部分が大きいと思う。

私から見てとても優秀な母は、優秀がゆえに父を立てながら家庭もしっかり成立させて、医療事務の仕事をパートでこなしていた。もっと出勤日を増やしてほしい、正社員になってほしい、医療事務の講師になってほしい、という昇進の打診はすべて断り続けて。そして母は娘たちに、「家事育児のサポートは母がするから、仕事に邁進してね」という話をしてくれていた。母は農家の5人兄弟の末っ子で実母のサポートは全くかなわなかったから。
 
私はお姫様が大好きだったから、ウェディングドレスは着てみたい”
子供の頃の憧れはあやさんと逆で、くのいちや、ヒーローものの紅一点 ピンク系のレンジャーにあこがれていた。守られる立場ではなく守る立場にいたかった。キャッツアイのようなスリムなユニフォームを着たヒーローに憧れた。

あやさんのエッセイを読みながら、何十年ぶりに思い出す幼少期と原体験が今の自分につながっていることに気づく。

 

 

結婚に向いていないと思っていた20代

多様なクライアントに喜ばれて報酬をもらって、継続や指名で仕事をもらう。
仕事というものが大好きで、自分の介在価値、社会価値をつくることにやりがいを感じるようになり、始発終電、たまに会社に泊まって仕事をしていた20代。

彼氏と喧嘩をしても、仕事に没頭してお客さんが喜んでくれれば元気が出て、彼氏との関係のバランスをとっていた日々。限定した人に無償で提供する家事育児という業務、あいまいな評価指標。夫の感謝と(それも、徐々に感謝されなくなることが多いと聞く)いつか巣立っていく子供のために日々全ての時間を注ぎ込む自分をイメージすることができなかった。結婚か仕事か、どちらかしか選べないなら、熱中できて成果が見える “仕事”を人生の軸に置きたかった。

 

 

好奇心に突き動かされて

学生時代から旅が大好きでバックパッカーをしていた。旅先でずっと歩きながら、まだ見ぬ景色や体験や人と出会えるセレンディピティが好きで。寝る以外は仕事していたワーカホリック時代が少し落ち着いたころ、人生という旅を楽しみつくすとしたら、やったことないことがあるのは、もったいないかな、と“結婚”という体験に興味を持つようになった。 


「23歳の大手コンサル1年目に結婚して、いまもパートナーとラブラブ」という経営者と仕事をする機会があり、「なんでそんなに早く結婚したんですか?」と聞いた。

“どうせ失敗するなら早いほうが良いと思って。結婚って誰としても同じようなものだから”と言われて衝撃を受けた。

ロジカルすぎることで有名な上司からは、 “結婚や出産をしない人生を送る、と決めてないなら、やるべきことを後ろ倒しにしなくてもいんじゃない”と言われて、目からうろこ(当時の私にはなぜかすごく腹落ちした)が落ちた。

誰と結婚しても一緒で、どうせ失敗するなら、後ろ倒しにしなくてよいか、人生経験としてもやってみたらいいのか、と思った。(単純)

ワーカホリック時代に仲がよく、好き放題言い合えた先輩。彼女と喧嘩した後に、真摯に受け止めて自分の悪いところを直そうとする姿が素敵で、この人となら結婚できるかも、と思って結婚に踏み出すことにした。
 
 

 

人生の波にゆらゆらゆれながら、これから。

誰と結婚しても一緒という考え方に後押しされて始まった結婚生活。誰と結婚しても一緒、という言葉を聞いたとき、それなら“関係性をどう育んでいくのか”、その努力を一緒にしていける人と一緒になりたいなと思った。今でも、関係性をよくしていくための時間や心持ちをなくしてしまったら、その気持ちを手放した瞬間から関係は崩壊する気がしている。

夫が長野に転勤になり、単身赴任生活を始めた。子供の世話と自分の仕事の波に押しつぶされて不眠症になってしまった。(ワンオペで頑張っている人はたくさんいるだろうに、私には無理だった)夫は長野で毎晩のようにランニングして寝るだけの日々。このままでは家族も気持ちも壊れてしまうと思った。


もし、お互いがいなくて平気なライフスタイルが成立してしまったら、結婚を維持する意味がなくなってしまうだろうな、とも思った。壊れそうな未来が見えているのに離れて暮らしているわけにはいかないと、必死に会社と交渉してフルリモートワークをさせてもらうことになった。(当時はコロナ前だったので、理解ある会社に心より感謝)

長野に家族で移住したら、すぐ落ち着いたわけではない。仕事を存分にできずに私がイライラしたり、今までと同じ家事育児分担なのに、長野では周囲の男性の家事育児量が少ないからか、 なんで俺ばっかりこんなにするんだ”と夫がイライラしたり。

環境が変わった中で、関係をアップデートするために、最初の1年は喧嘩が多かった気がする。これからも、さまざまなライフイベントや環境の変化に合わせて、また喧嘩をしたり、関係性をチューニングしていくのだと思う。

一人では、仕事と家事育児を完結させられないことを学んだおかげで、家族で一緒にいられることの重要さを実感できた。感謝をしながらこの家族と一緒に荒波や凪の中、船を漕いでいくのだと思う。

 

“手を取り合う形は様々あっていいし、それが許容される優しい世界”
親友のようなパートナーは異性同性さまざま。   
そんな人との関係性を紡ぎながら人生を進めたら幸せ。

ランサーズ株式会社  地方創生

篠原 智美

フリーランサーをつなぐIT企業「ランサーズ」社員。スキルシェアの仕組みを活用した地方創生事業を発足、33自治体と連携し、子育て中の母親や移住者、転勤族、関係人口が活躍するリモートワークチームを構築。夫の転勤を機に長野に移住し、多拠点居住・パラレルワーク実践中。地元群馬のママ支援団体NPO法人キッズバレイ理事等、複数企業の新規事業推進に携わる。趣味はクラフトビール、4歳男児の育児、親子ワーケーション。

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