イイムロがいく おしかけ職場探訪Vol.1[Hikaruさん最終話]
高校卒業後に長野から上京し、料理と雑誌の世界に飛び込んだHikaruさん。フリーランスとして紙媒体での仕事を始め、その後に出産、そして家族で長野へ帰郷。生活環境が変わるなかで、料理という軸はそのままに緩やかに活動の場を変化させます。20代、30代、40代と歳を重ねるなかで変化してきた思考を丁寧にお話いただきました。Biotope紙面では紹介しきれなかったロングインタビュー、Web版として全3回に分けて公開です。
Hikaru
長野出身。料理家。書籍、雑誌、広告などで活躍をし、2016年帰郷。「香りの会」(ギャラリー夏至)、「月にいちどの旅するような料理教室店」(ナノグラフィカ )、「Fall in herb, Fall in spice」(tokiori)など催す。著書『Hikaruさんちのゆったりとおもてなし』(祥伝社)他
第3話:『自然の側で暮らす40代』
飯室(以下、飯):20代、30代を首都圏で暮らし、その後に長野に戻られます。何が引き金になったのでしょう。
Hikaru(以下、H):娘が1歳を迎えたあたりから、折々帰省をするようになり、長野に降りると「空気が美味しい」と感じるようになりました。実家で畑の手伝いをし、野菜の手料理をいただいたり。夏は山や湖へ連れて行ってもらい、途中焼きとうもろこしを頬張ったり、木熟した果実をもいだり。冬の戸隠の水はとてつもなく冷たく、いただくお蕎麦はよくしまっていて絶品。都会では味わうことのできない贅沢な時間に魅了されていました。娘が小学校に通うようになり、故郷をさらに意識するようになりました。
飯:実際に長野に戻られてみて、いかがですか?
H:暮らし始めたのは4月でしたが、そこかしこから花が香ってきたのをよく覚えています。都会とは違って、梅も桜も同じ時期に花が咲いていました。暮らしが善光寺門前だったのもあり、お散歩しては餅菓子屋さんをはしごしたり。眺めのいい場所に住んでいたので夜は気がつけば遠くに上がる花火に心躍らせていました。1年目の夏は涼しくて、冷房がいりませんでした。夫が車を持ったこともあり、湖の辺りでノートパソコンを開いて仕事をしたり、読書をしたり。食材の調達を行い、生産者との出会いもあります。冬の白い世界は美しく、ワクワクして、都会の冬よりも寒く感じませんでした。
飯:Hikaruさんの活動として、門前の、企画編集室・ナノグラフィカで2020年3月まで毎月開催されていた「月にいちどの旅するような料理教室店」が印象的でした。毎回早々に満員になる人気の催しでしたが、どのように始まったのでしょう。
H:越してきてから、ナノグラフィカの皆さんにはお祭りなどにも誘っていただき、よくしていただいて。時を重ねるうちに(代表の)たまちゃんから、具体的な数字のレシピではなく、料理や生活のエッセンスになるような会のご提案をいただきました。
飯:ナノグラフィカの店内というと、畳敷きの和室にちゃぶ台と座布団というスタイルですが、そこでHikaruさんはどのように空間を作り、会を運ばれたのでしょう。
H:通常のナノグラフィカとは雰囲気を変え、ナノグラフィカにあるテーブルを真ん中に置きクロスをかけ、椅子を用意しました。内容はアペリティフ、月のひと皿、スープ、デザート・飲み物のコース仕立てで、作りながら食するスタイルでと決めました。支度は、撮影と変わりませんでした。調達した食材は、素材のままと、下ごしらえの段階を踏んだものとを用意します。アイロンをかけたクロス、器も布に巻いて籠に詰めて運びました。
飯:それまでされてきた雑誌のお仕事と、ご自宅に人を招いて行なっておられた活動を組み合わせたような形態ですね。
H:始まってみると、話しが下手なことに反省しましたが、翌月以降も続けて参加してくださる方も多く、1回きりだけれど1回ではないと解かり救われました。雑誌や単行本のお仕事は一方向の発信ですが、この会は場を共有し、皆で作り上げるライヴ。集まった方々でどう料理をしようかなと考えその場でアレンジすることもあり、新たな魅力を感じました。
飯:同じく門前のギャラリー夏至にて「香りの会」も開催されいています。こちらはタイトル通り、香りがテーマですね。ワークショップのような形でしょうか。
H:香りの記憶を辿るよう会ごとに香名をつけ、皆さんに手を動かしていただいています。私にとってハーブやスパイスは刺激ではなく、心身を健やかな状態に戻し、心地よく調えてくれるもの。料理家の視点で植物や精油を選び話をしていますが、お一人お一人に合う合わないがありますので、禁忌事項も交え香りを形にしています。
飯:長野に戻られて、活動の場や内容をさらに柔軟に変化させておられますね。今、ご親族のご縁で自由に耕せる畑、空間があり、そこをHikaruさんのアトリエにされる構想もあるということですが。
H:「美しく枯れている小屋」に惹かれる一人ですが、土を耕すようになると、ひと休みするための陽かげや雨宿りのための軒、道具たて、作業できる小さな屋がそばにあったらいいなと思いました。最初は石を置いてみたり、木陰で寝転んでみたりしました。娘が1歳の頃、家族でデンマークのエコヴィレッジに滞在しましたが、それ以来、環境や家のことを考え、長野に越してからも、木のことを始め、寒冷地では大事とされる断熱材のことなど専門の方々に教えていただきながら勉強してきました。何かを作ろうとした時に問題は出てくるもので、自身の作業できる場所としてのアトリエを作ろうとした時にも、疑問が浮かび、進んでは立ち止まり、進んでは立ち止まりしています。ただこの頃は、迷った時に戻るようにしているのが、もともと作りたいのは「畑のそばのアトリエ」ということ。知恵や力をお借りして、皆さんと共有できる場となれば嬉しいです。
飯:Hikaruさんの新たな拠点、そして活動を楽しみにされている方は多いですね。Hikaruさん、今回はたくさんお話してくださり、ありがとうございました。
(おしまいです)
1166バックパッカーズ
飯室 織絵
兵庫県出身。2010年に長野市にてゲストハウス・1166バックパッカーズ開業。ガイドブックの情報ではものたりない旅人と地元のひとを緩やかに繋ぐパイプ役を目指す。日々旅人の話を聞かせてもらうなかで聞き・書きにも興味を持つ。