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イイムロがいく おしかけ職場探訪Vol.1[Hikaruさん第1話]
2021.04.12

イイムロがいく おしかけ職場探訪Vol.1[Hikaruさん第1話]

高校卒業後に長野から上京し、料理と雑誌の世界に飛び込んだHikaruさん。フリーランスとして紙媒体での仕事を始め、その後に出産、そして家族で長野へ帰郷。生活環境が変わるなかで、料理という軸はそのままに緩やかに活動の場を変化させます。20代、30代、40代と歳を重ねるなかで変化してきた思考を丁寧にお話いただきました。Biotope紙面では紹介しきれなかったロングインタビュー、Web版として全3回に分けて公開です。

第1話  『雑誌の世界の20代』
第2話  『母になった30代』
最終回 『自然の側で暮らす40代 』

Hikaru
長野出身。料理家。書籍、雑誌、広告などで活躍をし、2016年帰郷。「香りの会」(ギャラリー夏至)、「月にいちどの旅するような料理教室店」(ナノグラフィカ )、「Fall in herb, Fall in spice」(tokiori)など催す。著書『Hikaruさんちのゆったりとおもてなし』(祥伝社)他

第1話:『雑誌の世界の20代』

飯室(以下、飯):Hikaruさんの肩書きは ”料理家” でいらっしゃいますが、具体的な活動はどんなご様子でしょう?

Hikaru(以下、H):そうですね、私は主に紙媒体で仕事をしてきました。

飯:料理を軸に、雑誌などの紙媒体で活動されてきた、ということですね。

H:そうですね。料理やお菓子、暮らしにまつわる企画の依頼を受け、食材料の調達、試作をし、レシピを起こしたり、イラストを描いたりしてアイデアを出します。撮影の支度としては、下準備の他に器を選んだり小道具を用意したり、スタイリストを兼ねることが多いです。布や紙を育てたり、縫ったり折ったり、自身のイメージしたものを制作していったり。フィルムからデジカメでの撮影に変わり、自身で撮ることも親しくなりました。撮影の後は、自身で文章を書いたり、色の校正や文章の校正をしたりします。また近年ではハーブを育てたり、ギャラリーなどで食や香りを交え、小さな会を開かせていただいたりもしています。

飯:一口に “料理家” と言っても、Hikaruさんの場合は料理そのものだけでなく、誌面になるまでの行程に深く関わっておられますよね。ちなみに料理との出会いはいつ頃だったのでしょう。

H:幼少期は記憶がおぼろげですが、祖母のそばで遊んでいました。畑で採れた野菜とともにリヤカーに乗せてもらい市場に連れて行ってもらったり。縁側で鞘から豆を出したり、瓜の種を取ったり。お味噌作りなど親族で集まっての年中行事があったり。祖母が石鉢で捏ねた皮を、丸めてのばして、用意された餡を包んだり。褒めてもらって嬉しかった記憶があります。

飯:Hikaruさんは長野出身でいらっしゃるので、長野での思い出ですね。

H:はい。高校卒業後の進学をきっかけに東京へ出ました。語学の学科ではなかったのですが、フランス語は学びたいと思って出ました。ですが入学してすぐに、私の専攻では履修できないとわかり。文系だと思っていた私には、解剖学や生化学といった授業も衝撃でしたが、学ぶことで道が開かれたような。食物、紙、写真、デザインなど好きなことを思い浮かべながら、書店でたまたまパトリスジュリアンさん(*1)の本を手に取りました。色や写真に雰囲気があり、まるで香りや音がしてくるようで。「働かせて下さい」と電話をし、運良く、すぐに叶ったのです。ここでの経験は私の人生の景色を大きく変えてくれたと思います。

(*1 パトリスジュリアン氏:1988年、フランス大使館文化担当官として来日後、カフェやレストランをオープン。数多くの著書などを通じて新しい生活スタイルを提案し続けている。)

飯:料理と紙、両方に興味があったHikaruさんが、料理家であり作家としても活躍されているパトリスさんに師事する。偶然の縁と行動力が運命的な出会いを引き起こしましたね。その後はどう過ごされたのですか?

H: 進みたい道が明確になり、作品を持って出版社へ行き、編集者に見ていただきました。

飯:作品というのは、どういうものでしょう?

H:最初は友人に写真の雰囲気を伝えて、お菓子の素材や完成までのプロセスをフィルムで撮ってもらいました。ざらざらとした触り心地のよい英字のフリーペーパーを蛇腹に折り、写真を小さく正方形に切って並べ貼りました。美容室でヘアメイクさんに話したのをきっかけに、ひとつ年上のカメラマンさんをご紹介していただいて、デザイナーさんとも繋がり、アイデアを出し合い、小さな本をイメージした作品も作り始めました。海外でも活動をしたいと思っていましたので、レシピは英語にし、友人のアドバイスでオリジナルの日本語訳の帯をつけ、ロンドンの旅にも持参したり…。

飯:Hikaruさんがお持ちの偶然の縁を掴む力と、行動力をひしひしと感じます。進学時、語学もやりたかったとおっしゃっていましたが、ロンドンの旅ではどのように過ごされたのでしょう。

H:マーケットを巡りながら古道具をみたり、写真を撮ったり、お茶をしたり。思いがけず大きな画材屋さんに入って、創作意欲がわいたのでしょう、一人旅でしたので、夜はホテルで先程の、最初の作品を作ったり。そして数年後に再び訪れたロンドンで、料理の良い香りのする料理本屋さん『BOOKS for COOKS』に出会い、持ち合わせていた帯つきの作品を置いてもらいました。そういった作品が数作できた頃に日本の出版社を訪ねた、という流れです。

飯:出版社へはいわゆる「売り込み」ということですかね。ご自身の作品を持って出版社へいらした結果はどうだったんでしょう。

H:フリーランスとして、ファッション誌を中心に活動する機会をいただきました。料理にまつわる企画だけでなく、様々なジャンルのページに関わらせていただきました。次第にご紹介だったり、編集者から声をかけていただけるようになり、専門誌、書籍にも携わるようになりました。

飯:そこからHikaruさんの紙媒体でのお仕事が本格的にスタートしてゆくのですね。

(続きます)

1166バックパッカーズ

飯室 織絵

兵庫県出身。2010年に長野市にてゲストハウス・1166バックパッカーズ開業。ガイドブックの情報ではものたりない旅人と地元のひとを緩やかに繋ぐパイプ役を目指す。日々旅人の話を聞かせてもらうなかで聞き・書きにも興味を持つ。

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