イイムロがいく おしかけ職場探訪Vol.6[石黒繭子さん 最終話]
複業として起業したククリテ。その起業、実は繭子さんの「社長と呼ばれてみたい」という望みからスタートしたそうです。周りに助けられながらの他力本願な起業でしたが、実はそこにはもうひとつのテーマがありました。3回に渡って公開してきた、Biotope紙面では紹介しきれなかったロングインタビュー、いよいよ最終回です。
石黒繭子さん
名古屋市出身。社会福祉協議会でのボランティアコーディネーターや保育士を経験したのち、大学院に進学し自閉症や発達障害を専門に学ぶ。2011年からは飯綱町のNPO法人に勤め、障がい児が通う施設を立ち上げ運営。2021年に株式会社ククリテを設立し、ひとり親や脱養護する若者たちの居住支援も始める。
第3話:『「社長と呼ばれてみたい」から始まった起業、そして裏テーマ』
飯室(以下、飯):繭子さんは障がい児が通うデイサービスで働く一方で、複業としてご自身で株式会社ククリテを起業されました。インタビュー最終回では、ククリテの活動と繭子さんのこれからを伺います。
繭子(以下、繭):はい。
飯:複業として起業される方というのはそれほど多くはないと思いますが、どんな気持ちの変化があったのでしょう。
繭:まだそのシェアハウスの話が出る前なんだけれど、このままルーティンのなかに居続けたくはないと思い始めた。年齢的にも人生の折り返しだし、ひとり身だからリスクも少ない。とは言っても何をしたらいいのかわからない。障がいを持った子どもたちのサポートや教育のことはこれまで本業のNPOでやってきた延長線上にあるけれど、それが複業としてやりたいことなのかなって。そんなときにコーチングを受ける機会があったの。内面やキャリアと向き合ってみたときに、「”want to” と “have to” は違う。本当にそれをやりたい?」って聞かれて。
飯:繭子さんの “want to” は何だったんですか?
繭:社長って呼ばれてみたいっていうのがその瞬間出たの。
飯:社長ですか!
繭:そう、それでこの馬鹿げた望みを、馬鹿げてるって言わない相手に言ってみたらね、そのひとが後日このシェアハウスの件を紹介してくれて。物件のオーナーは、社会的に養護されていた時代を過ごした若者やひとりで暮らすのに脆弱なひとに使って欲しいけれど、そういうひとたちにどうしてアクセスしていいかわからないので運営者を探しているって。
飯:話がちょうど回ってきたわけですね。
繭:私が関わっている高校生でね、彼はお母さんに障がいがあって働けない生活保護世帯なんだけれど、その子自身もいろんな脆弱性があって。それなのに制度上18歳で親と切り離さなくてはならない。
飯:それは制度上で決まっているんですね。
繭:そう。多くの子が18歳以降も親の養護を受けたり、スネをかじりながら生きてゆくと思うけれど、彼は高校卒業と同時にひとり暮らしも仕事も始めなければならない。そういう生活が春から始まる。だから物件オーナーの建物に対する意向を聞いて、あぁ、自分がその課題に向き合うときがきたんだなって思った。
飯:繭子さんが直面していた課題と重なっていますね。この件で起業して、社長になろうと。
繭:でも、起業したのにはもうひとつ目的があったの。
飯:もうひとつの目的ですか?
繭:いままで本業は自分で頑張って大きくしてきたけれど、どうせやるなら逆のやり方でどこまでいけるんだろうって思った。今回のシェアハウス事業はいただいた話で、起業も応援してもらってやったし、お膳立てしてもらった。助成金をとったり、融資をうけたりするのも手伝ってもらって。ひとに頼る、自分で頑張らない、そういうやり方でもしやれたら、他のひとでもやれるって言えると思って。
飯:ある意味、他力本願な起業ですね。
繭:自分の場合は後ろに控えている若者たちが、組織に属してやっていける若者ばかりではないので、そういう子供たちに、スモールビジネルで起業するのは難しくないよ、見てごらん私を。こんなに楽して、良い加減でもやれているよって伝えることができれば、それは希望かなって。助けてもらえばいいじゃない、ひとりで頑張らないでどこまでやれるかやってみたら? ほらできたでしょ、って。
飯:なるほど、組織に属するだけが全てではない、他にも道はある、と。
繭:子供たちも中学生くらいになる頃から、良い学校に行って良いところに就職しなきゃって言い始めるんですよ。でも、ちゃらんぽらんでも社会的に成り立っている大人になってもいいんじゃないかって。
飯:繭子さんはここから先の人生、どんな景色を見ているんでしょう。
繭:より自分らしい生き方をするのは40代がチャンスだと思ってる。パワーで、エイッ!ヤー! ってやっていくのが20代だったけれど、知識、経験値が実を結ぶのはこれから。身体が快活に動くのも40代までくらいだろうし、挑戦的にいけるのは今だなって。いろんな子どもたちに話すと、勇気をもらった、背中を押してもらったって言ってもらったり、実際に個人事業で行動し始めている人たちもいて。こういう生き方でそんな風に思ってくれるひとがいるのはいいな。楽しみましょう、楽しみたい。頑張ることから離れて、力を抜いて行きたい。
飯:生きづらさを感じている子どもたちが抱えている問題はきっと複雑なものだと思いますが、それでも繭子さんのような大人に出会えたら緊張が少し解けるのでは、と感じました。今日はありがとうございました。
1166バックパッカーズ
飯室 織絵
兵庫県出身。2010年に長野市にてゲストハウス・1166バックパッカーズ開業。ガイドブックの情報ではものたりない旅人と地元のひとを緩やかに繋ぐパイプ役を目指す。日々旅人の話を聞かせてもらうなかで聞き・書きにも興味を持つ。