芍薬とショートブーツ[映画と音楽と写真、仲間と遊べる移住]
長野が生産するトップクラスの花卉、芍薬(しゃくやく)。 花言葉は「慎み」「控えめ」。 それでいて1本でサマになる華やかな立ち姿。
ショートブーツは、ハイヒールとスニーカーの中間。現実的、実際的なイメージの象徴。 奥ゆかしさと美しさ、自然の中で生きる姿はどこか長野女性の様。
「大人が遊び続けたら、それが仕事になる」っていう言葉をずっと自分の中に蓄えていて。
「仕事にするっていうモチベーションで行動するより、本当に気持ちいいこと、楽しいことやって」「自然にモチベーションが湧いてくることをやってったら、 勝手に運とか人とかお金とかが付いてくる」っていうのが、自分の中では割と理想かなと。 (by いばあやか氏)
まるで大家族のような食卓。こんな暮らし方もあるのか・・・!
この食卓にたどり着いた日には、どこか自分が潜在的に夢に描いていたような、ホームパーティの姿があった。どうしたら、こんな風になれるのか?知りたくなった。きっかけは、この記事を書いているうえやまが、長野市にて移住者の集いでご縁ができたこと。〈大阪から長野へ移住〉〈音楽〉〈撮影の仕事〉の共通点から親近感がわき、「信濃町へ遊びに来なよ、家でご飯つくるよ」とお誘いを受ける。後日、お土産をもって少し緊張しながらお家訪問。

おぉーなるほど、話には聞いていたけれど、やっぱりお洒落なお家だ・・・!

長野・信濃町にて古民家をDIYしながら大工さんと共にリノベーションしたらしい。

みんなの移住の起点となった観音クリエイション(観音さん)の記事はこちらをご参照ください。
観音さんは、音楽のトラックメイカーとして活動しながら、ブロガーとしても自身の生活にまつわるさまざまな情報を発信するリモートワーカー。
「とりあえず家買ってまえ!長野で100万からはじめる“飽きない”DIY地方移住」SuuHaa
https://suu-haa.jp/article/kurasu02/




役者はそろった?! ー 登場人物
やっと席に着くと、「今日はまだ来てない人が居て・・・」と、
そうなのか、わたし1人のためにご飯を用意してもらうのも恐縮だったので、みんなで集まるためなら、参加しやすいかも?!と少し安心する。時間差で・・・あれよあれよと、次から次へと増えていく。「今日は声かけた人みんな来られるようになって、まさかで驚いている」と、家主。気づけば食卓の席も足りないくらい。〈↓初訪問時のスマホ写真まとめ〉オーブンから出てくる鮮やかなお料理に、まるでお店に来た気分だった初めましてと1人ずつ自己紹介を終えた頃に、まさかの仲間で移住!したことがわかった。さらに大阪在住の同級生がこのタイミングで長野に長期出張に来ていた。そんなことあるー?!と内心興奮気味になる。
登場人物:
観音さん(K)=観音クリエイション:Mの夫。MCYと同級生。大阪出身▶︎東京(埼玉)▶︎長野移住
みちるさん(M):Kの妻。KCYと同級生。大阪出身▶︎東京(埼玉)▶︎長野移住
閃ちゃん(S):K&Mの子。長野生まれ。
たっちゃん(C):Kと友人。Kと共に起業。KMYと同級生。大阪出身▶︎長野移住。
いばちゃん(A):Mの友人。東京出身・横浜育ち▶︎長野移住
とうこさん(T):Aの友人。東京で知り合う。長野(飯山)出身▶︎東京▶︎長野へUターン
ゆかさん(Y):MKCと同級生。大阪出身・在住▶︎長野出張あり

まさかの移住と妊娠・出産・子育て 〜フルリモートの恩恵〜
内田みちる(みちるさん/M):夫の観音さんが長野の古民家を買ったことを事後報告で聞いた妻。
大阪・堺市出身。答えがちゃんと出る数学が好きで、大学では理工学部の数学コースに進学。親が教師で青春が詰まっている学校も好きだったため、教員免許を取得。教員になる前に社会を見てから学校に入りたいと考える。小さい頃から企画や幹事をするのが好きで、ウェディングプランナーとして就職。同じことを繰り返す日常に慣れることを恐れて、20代半ばに退職。海外を見たくて、主にアジア、マレーシア・シンガポール、タイ・ネパール・インド・スリランカ、アメリカ、南米などを1年間旅する。旅行中に映画の宣伝をする仕事に就くと決意。 プライベートでも幹事として高校の同窓会を15年ほど続けてきた。たまに会うくらいにつながっていた同級生のひとり、観音さんも同時期に海外旅行に出かけることになり、出発は同時でそれぞれ自由に周り、途中で合流する。帰国後に付き合い、共に大阪から上京、東京(埼玉)へ移住する。上京してみちるさんは映像の編集学校に進学。観音さんは高校から始めた曲作り・音楽の仕事を続ける。学校のつながりで映画の宣伝に携わる会社に入り、仕事を始める。一つ目の会社の解散を機に今の会社に拾ってもらい、現在に至る。2017年に結婚、2021年10月に長野移住。移住後に妊娠・出産し、現在は産休育休中。2023年4月から仕事復帰予定。主に長野で動画編集の仕事をフルタイムのフルリモートワークで始める。



うえやま(U):最初はまさかの家を買った事後報告を聞いての移住となり驚かれたと思いますが、実際に長野に来てみていかがですか。 |
みちるさん(M):今はすごく気に入っていますよ、もちろん。子育てもしやすいし、食べ物もおいしい、野菜はおいしいし、何よりも近所がこう移住者に対してウェルカム体制で、信濃町だから移住できた気がします。それに気づく前は、最初はまあ、ただただ田舎だなっていう感じ。あと移住しようって決まってから、2、3回長野に遊びに来たんですよ。もう、この家を買った後で、このリフォームする前の家に泊まったんですけど、夏しか来たことなくて。 冬の信濃町に1回も来たことなくて、 一昨年(2021年)移住した最初の冬が超記録的な大雪だったじゃないですか、やべえな長野!ってなりましたよね。
U:2021年ということはコロナ渦に入った後ですね。
M:はい、コロナがあったから移住しました。
コロナがあったから、会社がまずリモート体制になったんですよ。それまでは全員東京のオフィスに出社していました。それが全社員、フルリモートになった。自宅にも会社と同じ設備を会社が用意してくれて、リモート体制ができて。そこで長野に古民家買ったって聞いて、社長に「移住したいんですけど」って言ったら、二つ返事で「どうぞいいじゃんやったら」みたいな感じだった。リモート体制だったのは大っきいですね。おそらくそうでなくても許してくれる社長だたんですけど、それでより簡単にことが進みました。
M:本当に今の会社は本当にいい会社で、小規模だからなのかもしれないけれど、会社がそれぞれの生活を結構優先して守ろうとしてくれている。5人いる中の女性は私入れて2人、出産したのが私しかいなくて。産休育休制度を社員が取るっていうのが、私は初めての経験だったんですよ。だから、育休中や育休明けのことは、もうこれからになるんですけど、全部会社がそれを1から考えてくれて。じゃあお給料こしようかとか、多分望めばいわゆる世の中の時短とかも受け入れてくれる会社。 ただ動画編集などクリエイティブなものって、時短にしたところで、出来上がったもので全て判断されるんで、あんまり時短って意味ないじゃないですか。だから、私は4月からフル出勤で、時短とかじゃなく、今まで通りの同じ扱いで働きます。信濃町にいながら、パソコンを使って東京の仕事をします。いずれは長野での仕事もしていきたいです。
憧れの仕事に就いたら、上司は親身なワーキングママだった
いばあやか(いばちゃん/A):映像の編集学校でみちるさんと出会う。みちるさんの長野移住を機に、長野に遊びに来たことがきっかけで、長野移住を決意。最初に住んだ長野市から、より仲間の拠点に近い信濃町へ引っ越す。 東京生まれ、横浜育ち、東京に戻る。ミニバスから中学バスケ部・高校テニス部のち、大学では蜷川実花さんの影響で写真部。国際学部のアメリカ研究ゼミで、アメリカの政治やハリウッド映画を絡めた論文をかく。大学卒業後は映画館で働く。当時はまだフィルムで上映し、映写する仕事をしていた。映画の予告編のフィルムが映写室に届き、この仕事に興味を持つ。試行錯誤の末、映像の編集学校入学を決意。入学前の2ヶ月間で渡米。アメリカの予告編の制作会社を見学に行きたかったが、いろんな会社にアポのメールを入れるも見学は叶わず。それでもハリウッドの語学学校には映画やダンスなどのエンタメ業界で夢に向かう学生ばかりで刺激を受ける。帰国後に広告代理店がやっている編集学校に入学。学校OGのご縁でアシスタントとして、予告編の仕事のスタートラインに立つ。それが20代の後半、足かけ4・5年は憧れの仕事に就くまでにはかかった。教育熱心な社長(OG)に恵まれたことに感謝しながら必死で食らいついた。現在も長野でリモートワークを中心に、月1・2回東京に通いながら、動画予告編の仕事をフリーランスとして続けている。




うえやま(U):憧れていた映画予告の仕事、実際やってみてどうでしたか。 |
いばちゃん(A):楽しい!やっぱり憧れの仕事だったから、最初の1年は疲れやしんどいことよりも、覚えて、学んで経験しなきゃいけないことの方が多すぎて、もうそれだけやっていました。社長とアシスタントの私で2人しかいない職場で、今だから思うけど、社長は多分1人でやっている方が楽だった、私を教えなくて済むから。 でも社長は教育してくれて、だからその分もっと早くまともにこなせるようにならなきゃって、めっちゃ必死だった記憶しかないです。通勤疲れで電車酔いするようになり、近くで一人暮らしを始めたんです。上司(=社長)に恵まれました。面倒見が良くて、気を遣ってちゃんと育てようってしてくれる方でした。あの上司がいなかったら、多分今も続けているかわかりません。
U:OGってことは女性の上司だったんですね。
A:そう!女性の社長でお子さんも2人いて、 子供たちも見ながら仕事をしているワーキングママ。この仕事はその子どもがいてもできる仕事なんだって思いました。結婚して出産してって、ライフスタイルが変わっても続けようと思えば続けられる仕事だ。よかったというか、いいなって。先輩の女性ディレクターさんでもお子さん育てながら仕事されている方も何人かいらっしゃって、それで成立できる仕事なんだって。その社長の自宅兼作業場所に通って、 私も仕事の合間にあの子供たちが小学校から帰ってきたら、遊んだり面倒見たりするタイミングもありました。この仕事は、例えば、美容師さんみたいに、そのお店に行かないと仕事ができないっていうわけじゃない。家でなら、子どもの面倒見ながらでもできるっていうのを知って、すごく画期的だなと。やっぱり今この移住しやすさにも繋がっています。その上司も海外に移住した。関西方面に国内移住している先輩もいますし。
U:実際に移住しての仕事はいかがですか。
A:私は月に1、2回ぐらい東京で行って仕事しています。でも 長野は東京に出やすいから、まあ頑張れば日帰りでも行けるし、実験的にここに来ました。それまで都内の品川区の都心に住んでいて、通勤がなくなって、都内にいる意味がなくなって独立してフリーランスになったので。引越し先を検討していた時に、長野に行けるのかな、仕事に支障が出ないかどうか、 ちょっと試しに住んでみようかみたいなノリでした。
U:どのように長野移住を決意したんですか。
A:みちるちゃんのお家に まだお家ができる前に夫婦で長野の良さをいろいろPRして案内してもらって、長野いいじゃんってなったのは大きいきっかけです。2人に巻き込まれた形が、結果として今めっちゃ楽しいです。とうこやんも、元々実家がこっち(長野・飯山市)だと知っていて。あれ、めっちゃ近いじゃんってなって。だから、なんかやっぱ知っている友達が近くにいるから、住めているなぁと。これ、 同じところに住んで、誰も誰1人知り合いがいなかったら、ちょっと想像できないですよね。自然がいっぱいあったとしても、遊ぶ人おらんかったら。。。あと、やっぱりなんかあった時や困った時に頼れる、いざとなったら頼れる距離感にいてくれる安心感もあるし。休みの日も一緒に楽しめるし。この存在がいてくれるのは本当に人が結構でかいですね。 人がいてこそ、より環境がいいなって、何倍も増しましになる感じがあります。
Uターンだからこその新たなつながり
平澤瞳子(とうこさん/T):いばちゃんと関東で出会う。長野へUターンを機にいばちゃんからの誘いで、観音さんとたっちゃんが始めた事業「古美術そら」に入り、同僚となる。とうこさんは、古物の写真を撮ってネットにアップ・編集する仕事を請け負う。長野県の斑尾高原出身、飯山市で育つ。実家のペンションで手伝いながら、高校まで長野。映画の専門学校に進学のため上京。学校では映画の裏方、美術やセットなどの裏方スタッフを目指した。最初はテレビ業界のスタジオセットに興味を持っていた。現場に近い学校で、撮影所の中にある実践的な学校だった。撮影所にバイトに行ける環境だった。 卒業後は美術の装飾部で大道具でセットを作ったり、小道具で役者さんの持ち道具を探すお手伝いをしたりしていました。規模の大きな作品だと企業やブランドのタイアップを交渉することも。その後は撮影現場に貸し出すための装飾品の管理倉庫で働いた。今の仕事に古い質感が似ている。時代劇とか、戦争ものとか。軍服用のなんか帽子とか、ちょっと古いとこにいました。映像系離れた後はもうどうしようかなっていう感じで、 もうフリーターとしてアルバイトしてっていう感じだったんですけど、その辞めた後に働いたバイト先で、いばやんで出会う。夏はBBQ場、冬は地元でスキー場での季節仕事を4・5年くらい続ける。その後はワーキングホリでデーに行くためのお金を貯めて、25歳ぐらいの時に海外へ。ニュージーランドで6ヶ月、海外生活をする目標を達成。帰国後は冬でスキー場に戻る。夏は東京でビアホール店に誘いを受け、2年ぐらい日暮里で働く。古民家を改装した店舗でクラフトビールなどを提供。 東京生活が落ち着いた頃に、いばちゃんから現在の仕事を紹介される。





U:長野と東京の違いは感じますか。 |
T:やっぱ時間の流れが長野の方がゆっくり。東京にいるとなんかしなきゃみたいな、いそいそとしなきゃいけない感じがあったんですけど。結構移住者がいて、東京よりは逆にイベントでいろんなジャンルの人に知り合う機会が、長野の方が意外と多いんじゃないかな。不便で便利さって言ったら、ちょっとない部分はいっぱいありますけど、 生活に必要な何かっていうのがちょっと全部遠いし、 映画見に行きたいって思ったら、長野市街地までは40分くらいかかるし。まあでもなんかそんなに嫌じゃないって感じですかね。東京も長野も、都会も地方もどっちも好きって感じですかね、私は。どっちがいいか、うん、比較できるもんじゃない。
U:仕事を紹介されて、どうでしたか。
T:最初は1日お試しで来てみて、合わないなと思ったら断ってもらっていいと。骨董品や古美術品って、 最初はイメージがあんまり全くわからなかったから、どういう仕事内容なのかも全く読めなかったです。種類の多さとジャンルの広さに驚きました。まあでも撮影してみて、仕事の流れを聞いて、面白そうだった。やってみたら意外と集中して撮影したりコラージュしたりする作業は嫌いじゃなかった。
U:長野県内でも地元から引っ越して、信濃町に来てみてどうですか。
T:信濃町の方は、実際あんまり来ることなかったんです。今まで斑尾や飯山にいて、野尻湖とか、その周辺に行くことがたまにあるくらいだったんで。来てみると意外と住みやすい。途中から部屋を借りて住むようになったんですけど、あ、でも場所の信濃町っていうより、いま私の周りにいる人たちが楽しい。そろそろ生活を変えたいと思っていた時に、いばちゃんのお誘いが転機になりました。ずっと地元にいたら会わなかった人たちに会えて、日々がガラッと変わりましたかね。私的にはすごく良かったのかな。 テンポがあって、何するにもすごい行動力のある人たちなんで刺激しかないみたいな。やっぱりみんな過去に行動してきている人たちが近くにいるっていうのが、 私的にはすごい刺激になってる。やっぱりこっちにいたら、スローな感じで行動してしまうんですけど、意識が変わるって感じですかね。行動力しかない人たちで、迷いとかないみたいな、いい刺激を日々もらっています。
海外経験と国内移住、引越しと移住の動機は違う?!
3人に話してもらった。東京で知り合った友達が、まさか長野の信濃町でご近所さんになるとは。
想像もしなかったし、選択肢にもなかったという。タイミングとご縁でしかないと思うと。実は3人とも海外生活と映画関連の仕事に就いた経験が共通している。そんなことは普段は意識していなかったらしい。改めて考えると、興味や好奇心がある方向にフットワーク軽く行ける人たちが移住しやすいのかもと。知らない文化や知らない人、知らない仕事に興味がなかったら、来ようと思わないから。思ったとしても、行動するに至らないんじゃないかな。行動する共通の要素があるのかも。海外に行っている人間からしたら、国内移住のハードルが低くなるんじゃないかな。いきなり家を買った観音さんはぶっ飛んでいるけど、賃貸スタートだと合わなければ帰ればいいから。
K:八王子から品川の引っ越しがレベル1だとしたら、品川から長野の引っ越しは?
A:難易度3倍ぐらいじゃん。でも、ワクワク感で言ったらやっぱ品川ー長野間の方がある。品川は必要に駆られて選んだ場所、あの仕事があるから選んだ場所。でも長野は好きで選んだ場所だから、そこの動機が全然違う。人が好きで、場所も気に入ったから。そう。長野は野菜もめっちゃうまい。そのお気に入りポイントはそういうの野菜と景色最高。空気もおいしい、プラスなんか楽しい人たちがいっぱいいるって、もうこれ逆になんかそこにいない理由がなんだってなる。実際、賃貸だから家賃も下がる。家広くなる で。 生活費はちょっとわかんなかったけど、大体とんとんがちょっと上がるぐらいかなって思って来た。
この町のみんなで映画祭をつくりたい
せっかく仲間がいるのなら。この町に住んでいるなら。
何かみんなでやりたいことはないか聞いた。そうすると、いばちゃんが口を開く。キャンプ!そして、「映画祭をつくりたい!」と。「口に出しちゃったんで、やります!」「大規模じゃなくてもいいから、今年、とにかく形にしてみたい」その話を聞いた観音さんが、すでに役場の移住促進係の人と相談を始めたらしい。町の人たちも協力的な様子。「この辺の子らは文化的資本が少ないから、楽しい思いをさせてあげたいから、スケボーパークを作ったり、イベントを見せてあげたりしたい」と口を揃える。子どもの原体験になり、大人も楽しめる映画祭を、みんなでわっしょい!作り上げる。
映画『ニュービレッジ〜遊び暮らし〜』?!
今回取材して、未来の想像が膨らんだ。地元の人と移住者で生まれる新たな未来。日本中でこんな事が起きていけば、この国はもっともっと面白くなるんじゃないか。街中に一極集中して溢れそうな情報やスキルを持った人たちが、過疎化する地方に移住する。その土地の潜在的な資源を活かして、人的資本も活用して、つないでいく。人口減少や少子高齢化、核家族化なんかの社会課題ともポジティブに向き合っていけるかもしれない。スマートシティ、自分たちで『新しい村』を作っていけるんじゃないか。それが一緒に遊んできた友人同士であれば、楽しそうだ。移住前と移住後と、さらに友人が友人を呼ぶ。いずれそれぞれの家族も増えて、もっと大家族になっていく。そうしてやがてそれが村になっていく。映像制作も生業にしている私(執筆者)は、 そんなことを描いた映画『ニュービレッジ〜遊び暮らし〜』を撮ってみたくなった。



irodorizm代表
うえやま あや
プレゼンター (贈る人)/写真/映像/プレゼン/知的財産/シンダーソングライター
大阪出身。長野移住6年。学生の頃の目標は「老若男女の夢を叶える背中を押すこと」。移住直前は、音楽の専門学校(広報部)にてキャリアとデビューの両方をサポート。「うえやま先生に写真を撮ってもらうと、オーディションに受かる」と噂になる。今も写真や映像などのスキルを軸に、人やお店などの叶えたい像を形にする。学校が好きで、金髪の大学講師に憧れを持つ。