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イイムロがいく おしかけ職場探訪Vol.5
[原田麻里子さん 第1話]
2022.03.24

イイムロがいく おしかけ職場探訪Vol.5
[原田麻里子さん 第1話]


買い物袋が破れたら繕い、生ゴミは庭に埋めて土に還す。
そんな祖父と暮らした幼少期にリユースや自然の循環を体感した―

5年前に長野市に住処を移し、フリーランスで観光振興会やNPO法人の広報活動などを行う原田さんに、幼少期から学生時代を振り返ってもらいました。Biotope紙面では紹介しきれなかったロングインタビュー、Web版として全3回に分けて公開です。

原田麻里子
東京都出身。大学卒業後は環境系のNPO団体や議員秘書、NPO・NGOと企業を繋ぐコーディネーターとして働く。2017年に長野市に転居したあとは、フリーランスで鬼無里観光振興会の企画・広報、NPO法人まめってぇ鬼無里のイベント運営やSDGsの普及活動なども行う。

 
 

第1話:『祖父との生活で体感した自然の循環』

飯室(以下、飯):本日はよろしくお願いします。長野市の中心市街地は降ってませんでしたが、鬼無里(きなさ)はめちゃくちゃ雪ですね…(取材は2月中旬)。原田さんって車の運転されますよね?

原田(以下、原):よろしくお願いします。
ハタチで免許とって、東京で乗ってたよ。でも雪道なんてほとんどなかったし、鬼無里までの道はトンネルも細いから最初は対向車とぶつかるんじゃないか…と思ったりしてね。もちろん今は大丈夫だけれど。雪道・山道・細道には、こっちに来てから慣れた感じ。

飯:長野市内と言えど、鬼無里在住だと車は必要ですね。今はどんな生活なんですか?

原:基本的には週2〜3日は上田市に行って NPO法人上田市民エネルギーで事務局の仕事を。残りは鬼無里観光振興会やNPO法人まめってぇ鬼無里の仕事かな。オンラインで社員研修プログラムやSDGsの普及活動の仕事もやってる。国際協力のNPOのボランティアもしていて、2ヶ月に1回くらい東京に行くことも。

飯:フリーランスとして、全て個別にやっているわけですよね。聞いてるだけで目が回りそうです。原田さんは生まれは東京でしたっけ。

原:東京生まれ、東京育ち、就職も東京なの。山手線の内側で生まれ育ったから、郊外に住んでいる人たちが満員電車で通勤・通学しているなか、私は高校も大学も自転車通学だった。大学を選んだ基準も自転車で行けるところ。合格して買ってもらったママチャリで、4年間通学した。

飯:これまでこの『おしかけ職場探訪』シリーズでインタビューした方は、みなさん長野市出身のかたで高校卒業とともに親元を離れた方ばかりだったのですが、原田さんは実家を出たいという気持ちはありませんでしたか?

原:私、実家がとても居心地よかったの。兄と姉がいるんだけれど、末っ子って親との向き合い方が適当っていうか、怒られないようにうまくやれてたんだよね。

飯:お兄さん、お姉さんは先に実家を出られていたんですね。


原:そうそう。

飯:就職も東京なんですね。

原:就職活動はちょうどバブルの終わりのころ。それでも就職は有利だった時代で、同期は割といいところに就職が決まっていたし、私も内定をもらっていた。

飯:いい時代ですね。

原:それで大学4年の秋に、小笠原諸島に行ったの。小笠原は戦後アメリカ軍の占領下にあって、返還されたのが1968年。私と同じ年で、親近感があってね。

飯:どうでしたか?

原:当時、バブルで開発ブームが全国各地で起きていて、小笠原でも空港建設計画が一気に現実味を増してきてた。いざ空港ができたらリゾート化するので、リゾート開発会社が土地を買っていたの。

飯:なるほど。

原:小笠原って豊かな自然がある反面、ジャングルのなかを入っていくと太平洋戦争のときの大砲があったり、爆撃の穴がそのまま残っていたり。とても不思議な場所で、とても綺麗な場所。本当にここは東京都なの? って思う。だからそんな場所がリゾート開発されてほしくないなって思った。

飯:私はまだ行ったことないんですが、小笠原諸島って言ったら、海底火山の噴火で隆起してできた島。一度も大陸と陸続きになったことがないから、固有生物の多さでも有名ですよね。

原:そうそう。それでね、小笠原から家に帰ってきて気づいたのが、私が就職決まっていた会社って、そのリゾート開発会社のグループ会社だったの…

飯:え!そのタイミングでその事実を知るって…。

原:そのとき改めて、自分はどうする? 大学卒業してどうしたい? って考えたら、やっぱりこの会社にはいけないなって思った。自分の気持ちに嘘をつかない仕事がしたいと思ったの。

飯:今でこそ原田さんらしい選択に聞こえますが、当時はきっと悩みましたよね。

原:もともと、内定は取ったものの、ひとつの企業のために働くイメージが湧かなかったのもあって、よしわかった、社会福祉法人に行こう! ってちょっと安易に考えた。でも知識もないので、当然のことながら受かるわけもなく。

そんなときに、新聞に小さく載っている求人が目に止まったの。実家から自転車で10分くらいのところにある、古紙や鉄、アルミ、ビンなどなどのリサイクルを扱う業界紙の記者の募集。大学のゼミで環境を学んでいたし、あ、これだ! と思った。

(続きます)

1166バックパッカーズ

飯室 織絵

兵庫県出身。2010年に長野市にてゲストハウス・1166バックパッカーズ開業。ガイドブックの情報ではものたりない旅人と地元のひとを緩やかに繋ぐパイプ役を目指す。日々旅人の話を聞かせてもらうなかで聞き・書きにも興味を持つ。

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