イイムロがいく おしかけ職場探訪Vol.8[伊藤芙美さん 第2話]
いるかビレッジでは障がい者や外国人など社会的に弱い立場の人たちをどう地域で受け入れ互いに高め合ってゆくかを試行し、カランコエでは差し当たっての就労ではなく根源にある自己理解から通所者に問い直している芙美さん。Biotope紙面では紹介しきれなかったロングインタビュー、Web版として全3回に分けて公開です。
伊藤 芙美さん
愛知県西尾市出身。短大で保育士の資格を取得し、知的障がい児施設の入所部門に就職。その後はのちに現職の就労移行支援カランコエの母体になる一般社団法人いるかビレッジを仲間と立ち上げ、コミュニティの力で社会問題の予防や解消を目指す。途中、オーストラリアでパーマカルチャーや民間自然教育、インドでヨガを学び、2020年から長野市にてカランコエの管理者に。さまざまな障がいを抱え働くことが困難な人たちのサポートを行う。
第2話:就労が全てじゃない。 要は幸せになってくれたらいい。
飯室(以下、飯):前回のインタビューでは、いるかビレッジ(*1)に関わったことが大冒険だったとおっしゃっていました。芙美さんはいるかビレッジのスタート時から関わっておられたんですよね。
*1)いるかビレッジ:多文化多世代が集う場であり、持続可能的な街づくりを目指すエコビレッジ。愛知県豊橋市で設立。2020年に豊川市へ拠点を移し活動をしている。
芙美(以下、芙):単純に、多様な人が集まるコミュニティがおもしろそうだった。それまで働いていた知的障がい児施設では障がい者を社会に送り出す側だったけれど、受け入れる社会の側にも立ってみたいと思ったんだよね。
飯:なるほど。まず、障がい者を社会に送り出すというのはどういうことなんでしょう。
芙:福祉サービス関係の事業所では、通所者をどの仕事に就かせるか、どこに所属させるかに考えが偏りがち。もっと生き方の可能性はあるかもしれないのに、私自身もレールを敷いてしまっている気持ちにもなって。何もできないもどかしさっていうのかな。
飯:受け入れる側というのはどのようなものでしょう。
芙:障がい者や外国人など社会的に立場が弱いとされる人たちは、閉鎖的になったり孤立していることが多い。でもそうじゃなくて、家でもなく、職場でもなく、もう少し地域に溶け込むような、もうひとつの場所で受け入れることができたら世界も広がる。
飯:社会的に弱い立場のひとを、もうひとつの場所で受け入れる。
芙:多様な人たちがお互いに高め合える、お互いに気持ちよく過ごせるというのが成果として出れば、すごいことでしょ? それってできるのかな? って思っていて。
飯:互いに、というところがポイントになって来そうですね。
芙:うん。ただ出入りできる場所として存在しているだけじゃなく、仕事仲間となり個々に役割をもち生計を立てる場所として存在できるかもしれない。だから、社会的に弱い立場の人のための場所ではなく、”共に” という会社理念を持つ事にした。
飯:それが、”送り出す” と “受け入れる” の違いですね。当時まだ芙美さんは20代前半だったと思いますが、そういう環境に20代で身を置いたというのは、確かに大冒険です。芙美さんは今もそのいるかビレッジに所属されているんでしょうか。
芙:そう。というのも、カランコエの母体はいるかビレッジのグループ会社。グループ会社は愛知県を拠点に福祉や介護、飲食や片付けの事業もやっているんだけれど、長野にもご縁ができてカランコエを立ち上げることになって…
飯:そこの責任者に芙美さんが抜擢された。
芙:実は私、当時インドにヨガの勉強に行っててね、そこから帰ってくるタイミングだったの。その時にサービス管理責任者の席が空いていて、それに必要な資格を私が持っていたのもあって、もうこれは行くしかない! みたいな。タイミング的にも地元に戻るよりどこか行きたいっていう気持ちもあったし。
飯:今日は芙美さんの職場である就労移行支援カランコエでお話を伺っていますが、教室のホワイトボードには、”マインドセット” 、“他者視点の獲得” 、“コミュニケーションスキル” というような単語も書かれています。芙美さんは実際どんな業務をされるんでしょう。
芙:そうね、授業もやる。アドラー心理学の授業と、ヨガ。あと、多様な働き方っていう授業も。私自身、海外でいろんな人に会って、こんな生き方があるのか! って肌で感じた。仕事をしていなくてもすごく楽しそうに生きていて、そういう人が最終的に結果も残していたりして。だから、働くっていうのは、人生を豊かにするためのひとつの手段ではあるけれど、それが全てじゃないと私は思ってる。
飯:就労、つまり仕事に就くことを目標に来られているであろう通所者にとっては想定外の授業に思えますが反応はどうですか?
芙:「じゃあ、芙美さんはぼくが働かないで旅に出てもいいと思っているんですか?」って聞かれたので、ものすごくいいねって答えた。釣りとかしてあんまりお金かけすぎずに暮らしてみたら、世界が広がるかもよ、なんて言ったりして。就労で頭がいっぱいになってしまっている人は、ちょっと安心するみたい。もちろん働いたら叶うこともいろいろある。自分の居場所ができたり、美味しいご飯が食べられたり。なので、とてもいいことだと思うけれど、 要は幸せになってくれたらいい。
飯:うん、そうですね。
芙:世の中で当たり前とされていることを真面目に受け取ってきた人たちが心身を壊す傾向にあって、だからそういう常識が緩めばいいな。ある程度の秩序は社会のルールとして大事だけれど、 自分が病気になってまで守ることではないと私は思うから。
(次回に続きます)
1166バックパッカーズ
飯室 織絵
兵庫県出身。2010年に長野市にてゲストハウス・1166バックパッカーズ開業。ガイドブックの情報ではものたりない旅人と地元のひとを緩やかに繋ぐパイプ役を目指す。日々旅人の話を聞かせてもらうなかで聞き・書きにも興味を持つ。