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イイムロがいく おしかけ職場探訪Vol.4 [石黒ちとせさん最終話]

手探りで会社の指揮を取りはじめ、時代に合わせて事業の慣例を見直し、同時に老朽化した光ハイツの再生に着手――
地元企業から厚い信頼を受ける看板製作会社アドイシグロの創業者の孫として生まれ、家業を継承して15年が経つ社長のちとせさんに、継承した当初から今までをお話してもらいました。Biotope紙面では紹介しきれなかったロングインタビュー、Web版として全3回に分けて公開です。

 

石黒ちとせ
長野市出身。異分野の職を転々とした後、2006年に家業であった看板製作会社・アドイシグロの社長に就任。親子では3代目、人数では4代目となる。社屋隣の築40余年、鉄筋コンクリート6階建ての公団型共同住宅・光ハイツの管理も行う。睡眠、長距離移動、中国旅行が好き。

 
 

第3話:『光ハイツ再生プロジェクトの始まり』

飯室(以下、飯):ちとせさんは事業を継承されてから、それまでの「良く、早く、安く」のモットーを「良く、早く、面白く」に変えました。

ちとせ(以下、ち):前社長は頑張ってやってきてくれたけど、「安く」からは抜けようって。そうは言っても社長になって最初のうちは何をしたらいいのかわからなかったから、未収金の回収ばっかりやってた。それがある程度終わったら、今度は粗利率をなんとかしようと。

飯:粗利率が低ければ、いくら仕事をしても会社にお金は残らないわけですもんね。

ち:父も前の社長もよく工事台帳の数字のチェックをしていたの。だから私も内容は全然わかっていなかったけれど、それでも(社員を呼んで)「粗利率が10%とかってありえないですよね」とか言って。

飯:なるほど。

ち:でも、途中で切り替えたの。

飯:切り替えたというと?

ち:あるとき “超ホワイト企業” として有名な製造メーカーの話を聞く機会があったんだけれど、いいなぁ、この会社に入りたいなぁって思った。それで、簡単には真似できないけれど、アドイシグロなりにできることから取り組んでみた。

飯:社員目線で話を聞いてみた結果ですね。

ち:そう。それと、とある会社に行ったとき居合わせた業者さんが「うちの社長、売上台帳を見てくどくど言ってくるんです。おれだっていろいろバランスとってやっているのに」って愚痴っていて。そのとき、そうか社員はこれ言われるの嫌なんだって気づいて。それからは工事台帳を見て社員を呼びだすことは止めて、粗利率の目安だけ伝えるようにしたの。そうしたら、今まで改善されなかった粗利率が一気に上がっていった。

飯:不思議ですね。

ち:そうなんだよね。それと、それまで営業の人って、私に粗利率のことを色々言われると、今度は制作を担当している社員に「お前この工事台帳に筆洗うとか、片付けの時間も入れただろ。」とか圧力をかけることがあったわけ。でも工事台帳見られなくなったら、そうやって圧力かけることもなくなった。縛らない大作戦だね(笑)

飯:勉強会や経営者同士で集まる機会は多いんですか?

ち:わりとしているね。異業種連携の場にも関わっていたんだけれど、そこでは「老朽化した光ハイツの再生で地域活性化を目指す」というのを目標にして、art Reno(アートリノー)というグループを結成したの。

飯:光ハイツは、お父さんの代に建てられた共同住宅ですね。そのころ光ハイツには空室が目立っていたんでしょうか。

ち:まず、市民活動として光ハイツの部屋を題材にリノベーション案のコンペをしたの。

飯:各部屋の内装案を一般に公募して、そのなかから良いものを採用するということですね。

ち:初めはそのつもりで。そのときにインターネットでコンペのことをいろいろと検索していたら、偶然にも福岡で開催されたリノベーションコンペの情報に行き着いて。それが、自分がやりたいことそのままだった。それでそのコンペを主催していた会社に電話をしたら、代表の方の熱意と情報がものすごくって。それから福岡に度々相談に伺うようになったの。

飯:スペースRデザインの代表、吉原さんとの出会いですね。吉原さんはビルを経営する大家さんであり、ビル再生を始め、古い建物のリノベーションやイベントを通じて地域のコミュニティづくりを行なっていらっしゃる。

ち:このart Reno(アートリノー)の活動は、アドイシグロとしてではなく個人としてやっていたの。うちは看板屋だし。でも吉原さんは初めから「光ハイツのリノベーションはアドイシグロさんでされたらいかがですか」って言ってくれていた。

飯:その頃ちとせさんは、リノベーションと看板屋の仕事は別個に考えられていたんですね。

ち:でも、コンペの最終審査会の日、大きな仕事を抱えて忙しいはずの(アドイシグロの)専務が座って話を聞いてるの。びっくりして、「どうしたの?!」って聞いたら、「だっておれ、リノベーション好きだもん」って。「えー!じゃぁ、アドイシグロの事業としてやろうよ」ってことに。だからコンペで受賞した人には謝りに行った。実際に私もやってみたいと思ったリノベーションのアイデアだったんだけれども、「アドイシグロとスペースRデザインさんの協働プロジェクトとして進めることにしました」って。

飯:急展開ですね。その後、地域の人も巻き込みながら、光ハイツのリノベーションが実際に始まります。工事中は改修途中の部屋を公開したり、リノベーションのワークショップなども開催されていましたよね。

ち:最初は空き部屋がいっぱいあったから順々にやっていったんだけれど、どんどん部屋が埋まってきて。それからは空き部屋ができたタイミングで。

飯:そんな光ハイツを今日は実際にご案内していただけるということで…

ち:まずは「ルーブル」というお部屋。

飯:玄関を入ってすぐに、エレガントな紋様が施されたゴールドの鏡が目に飛び込みます。廊下も美術館のギャラリーっぽいですね。

ち:和室の欄間は取り壊さず天使のレリーフにしたり、壁に絵をかけるのを前提にライティングレールにはスポットライトをつけたり。この壁はこの間まで赤だったけれど、最近チョコレート色に塗り替えたね。

飯:エアコンも赤いですが、こんなの売ってます…?


ち:車のドアや車体に広告を貼ったりすることをカーマーキングっていうんだけれど、その技術を使ったの。隅っこのカーブの部分なんかは赤いシートをドライヤーであっためながら貼っていって。

飯:看板屋さんの技すごいですね。部屋のコンセプトはどなたが決めたんですか?

ち:ここは(社員の)ロクちゃんが美術館みたいな部屋を作りたいって。壁にかけてある絵もロクちゃんの私物。

ち:リノベーション前に本が好きな人たちを集めて会議してもらったら、「ドラえもんのような押入れ書斎が欲しい」だとか「窓辺で寝転がりながら本を読みたい」なんて意見がでてきたので、実際に作ってみたの。壁一面の大きな本棚は溶接して作っているので頑丈。好きなように配置できるテトリスみたいな本棚はワークショップで作った。

飯:光ハイツは、アドイシグロで働く職人さんの技の展示会のようでワクワクしますね。最後に、これから ちとせさんが目指すことろを教えていただけますか?

ち:回遊魚タイプではないので、いくらでものんびりできるんだけれど、旅行はしたいな。いや、旅行というか移動。中国とかインドとか目的地に行くまでが好きなの。移動中っていいこと思いつくし。あと看板屋としては、同じやり方では受注の量自体も減っているから、社会が良くなる事業をみんなでどう起こしてゆくかだよね。

飯:みんなで、というところが重要ですね。

ち:私は今までも(会社を)全く率いてないし、これからはさらに率いない。統括しない。それを極めていければ。

飯:統括しない、ですか。

ち:新しいマネジメントの手法として、ティール組織というのがあるんだけれど、つまり森みたいな組織っていうのかな。森ってトップから「冬支度をはじめろ!」って号令されるわけではないのに、それぞれが冬支度をはじめる。でも木1本だけで生きていくのではなく森になって助け合っている。本の中でそんな感じの説明があったの。アドイシグロもそんな風になれればいいなって。世界の会社がそんな森みたいな組織になっていくとしたら、すごく楽しみじゃない?

飯:看板屋という枠にとらわれずに、長野のものづくり文化に大きく関わり続けるアドイシグロ。そしてその組織をを率いらないとおっしゃる社長のちとせさん。これからの展開も楽しみです。今日はありがとうございました。

(おしまいです)

1166バックパッカーズ

飯室 織絵

兵庫県出身。2010年に長野市にてゲストハウス・1166バックパッカーズ開業。ガイドブックの情報ではものたりない旅人と地元のひとを緩やかに繋ぐパイプ役を目指す。日々旅人の話を聞かせてもらうなかで聞き・書きにも興味を持つ。

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